第4話 Hurricanes sometimes strike twice

よく晴れた日の朝、すがすがしい風が木々の間を通り抜けてくる。
今日は学校が始まって最初の日曜日、空は晴れわたり、気温も最高、そして何よりも鮎川とのピクニックの日だった。
今日は僕にとって、何もかもが最高なはずだった、コイツが来るまでは・・・
「ごめんね恭介、でも私、あんたについてのうわさが本当かどうか確かめたかったのよ」
あかねが何の反省もしていない様子で言った。
「うわさ?」
「うん、あんたとまどかちゃん。ひかるちゃんを捨てたあんたが、それを・・・」
「ちょっと待て!オレはひかるちゃんを捨てたわけじゃ・・・」
僕はそこまで言うと、少しためらってため息を吐いた。
「確かに、僕はひかるちゃんのことを捨てたのかもしれない・・・・・でもなんでおまえがそれを知ってるわけ?」
するとあかねは笑いながら言った。
「それって聞く必要あるの?」
「・・・小松と八田か・・・」
「あの二人が秘密にしとくわけないじゃない。まあ、あの二人の言うことだから、尾ビレや背ビレがくっついてるとは思うけど。彼らが言うには、まどかちゃんがあんたとひかるちゃんが一緒にいるところを見て、その場であんたにどっちにするかの決断を迫ったって」
あかねが僕に近づき、耳元でささやいた。
「そもそもあの二人が勇作って子がいたころの話をしだしたのが間違いだったのよ」
それを聞いて、僕は勇作が引っこす前のあのころのことを思い出してちょっと笑った。
「それでね、勇作君が春休みにこの街へ戻ってきたって言うのよ、あんたからひかるちゃんを奪いかえすために。そしてひかるちゃんがつらい目にあったてことを、あの二人が話していたのを偶然聞いちゃって、弾丸みたいにどこかに走って行ったそうよ」
「う〜む、アイツら時々、人のことに深入りするからな、でも・・・」
「とにかく、私はあんたが本当にひかるちゃんと別れたのかを知りたかっただけだから。まあ、ちょっと嫉妬しちゃうわ。それにしても、まどかちゃんがあんたみたいのをねぇ・・・」
「あかね!」
「ちょっとした冗談よ!」
「う〜む、でもおまえ、オレのひかるちゃんへの感情を調べるためだけにわざわざ来たわけ?」
僕が疑うような目つきで言うと、あかねはちょっと焦ったように答えた。
「そんなこと言ったっけ?」
「何をしに来たんだ、おまえは?」
「あんたを調べるためじゃないわよ。ただ・・・ちょっと・・・その、私もここに受け入れてもらおうと思って!」
「何だって!」
「あんたが驚くのはわかるわ。でも心配しなくてもいいのよ。別にあんたとまどかちゃんとの間にわって入ろうってんじゃないから。事実、私は二人が幸せになってくれることを願ってるんだから」
(とても信じられん・・・だいたい、コイツが関わって、トラブルが起きなかったことがあったっけ?)
その時、扉をノックする音がした。
僕は立ち上がって扉を開けたとたん、驚きのあまり固まった・・・
「木村さん・・・」
「おはよう、恭ちゃん!」
「恭ちゃん?」
あかねが疑うような目つきで僕を見る。
「き、木村さん・・・なんでここに?」
すると彼女は数学の教科書を取り出して言った。
「いっしょに勉強でもしようと思って。でも、もうほかのお友達がいるみたいね・・・」
「お友達?」
僕は木村さんの目線の先、僕の布団の端に腰掛けているあかねを見た。
「ああ、いやこれは・・・」
「私はコイツのいとこのあかね。私もここの学校に通うつもりなの。今日はちょっと挨拶しに来ただけだから」
それを聞いて木村さんは元気を取り戻した。
「ああ、いとこ。はじめまして!私は木村けいこ。春日さんとは数学をいっしょにとってるの」
そう言ってあかねと握手すると、木村さんは僕のほうを向いて言った。
「恭ちゃん、私たちはいつでもいっしょに勉強できるんだし、今日はせっかくいとこの方が来てくれてるんだから、いとこの方とすごすといいわ」
そう言うと、彼女は扉の外へ出た。
「また今度いっしょに勉強しましょう、ダーリン!」
そう言い残して木村さんは帰っていった。
「・・・・・あかね」
「もうあんたを一人にしてはおけないわね。やっとひかるちゃんから解放されたと思ったら、今度はけいこちゃんなわけ?まったくあんたって人は・・・よし、こうなったらこのあかねさんが一肌脱ごうじゃないの。あんたは心配しないで見てなさい!」
そう言ってあかねは駆け出して行った。
「待て、あかね!」
(一番心配なのはおまえだっつーの!だいたい、あかねがオレを助けようってときは、かえって問題をややこしくするからな・・・本当に最悪の事態になってしまった)

僕のアパートへとつづく坂道を、バスケットを持った鮎川が歩いてくる。
そんな彼女に、道を掃いていた藤本さんが声をかけた。
「おはよう!あなたが鮎川さんね。私はここの住人の藤本まりこ。春日君がお待ちかねよ」
「おはようございます」
その時、風にのって硫黄らしき匂いがして、鮎川は鼻にしわをよせた。
「この匂いは、二階の勝さんよ」
そう言って藤本さんはやさしげな笑みを浮かべた。
「変わった方なんですね」
鮎川が言うと藤本さんはほうきを置き、エプロンをはらいながらやさしく言った。
「彼はすごく熱心な人なのよ。だから英治にも彼の熱心さを見習ってほしいんだけど」
そんな彼女を尻目に、鮎川は上を見上げて言った。
「あのー、窓から煙が出てるんですけど」
「ふ〜、いつも注意してるのにね」
そう言う藤本さんは、少しも驚かない様子でのんきに笑い、バケツに水をくみはじめた。
「男の人って、いくつになっても子供みたいなとこがあるでしょ」
そう言って、水でいっぱいになったバケツを前に、落ち着いた様子で次に起こることを待っていた。
すると、勝さんがあわただしく二階から駆け下りてきたかと思うと、そのバケツをつかんだ。
「どーも!」
そしてそのバケツを持って、再び二階へと駆け上がって行った。
「・・・・・」
そんな様子を鮎川は呆然として見ていた。

野毛山公園、僕らから少しはなたところにはジャングルジムなどがあり、さらには市民プールの水面の輝きも見渡せた。
僕は鮎川が敷物を広げるのを、バスケットを持ちながらなんとなく見ていた。
だが、そんな僕の頭の中は、別のことでいっぱいだった。
(あかねのヤツ・・・いったい何をしでかすつもりだ・・・)

「けいこちゃん!」
僕の姿をしたあかねがニヤニヤしながら木村さんに近づく。
「春日さん、どうかしたの?」
「どうもしてないさ!」
そう言うと、僕の姿のあかねが木村さんの腕をつかみ、無理やり引き寄せる。
「へっへっへっ・・・」

「・・・すが君・・・春日君!」
鮎川の声にハッとした僕が振り向くと、鮎川はすでに座っており、僕にも座るように促した。
僕は鮎川のほうへゆっくりと歩みを進めた。
そのとき、僕は足元の石につまずいてしまい、その拍子に落としたバスケットからは中のものが転がり出て、僕自信もバランスを失って、鮎川のひざの上へ転がり込んだ。
「君は超能力者なんでしょう?それなのに本当に不器用なんだから」
鮎川がやさしく微笑みながら言った。
「・・・で、ずっとそうしてるつもりなの?」
僕は思わず赤くなり、あわてて鮎川からはなれ、バスケットから出たものを拾った。
「春日君?」
鮎川はやさしい声で言い、再び隣に座るように促した。
僕はちょっとためらったが、それにしたがった。
すると彼女は、僕の手にそっと自分の手を重ね、真剣な眼差しで言った。
「春日君、何かあったの?」
「えっ、なんで?」
「だって、春日君が今みたいにぎこちない動きをするときって、いつも何かに悩んでるときだから」
「鮎川・・・」

「それであかねさんが何をしでかすか心配なわけね」
「うん」
僕はうなずいた。
「う〜ん、その木村さんって、昨日春日君と図書館にいた人よねぇ?」
「えっ、う、うん。でも彼女はただの友達だからね」
「ところで春日君、なんでもっと早く木村さんにはっきり言っておかなかったわけ?」
「そのー、ひかるちゃんとのことがあった後だったし・・・」
「わかったわ。でもちょっぴり嫉妬しちゃうな。それにしても、春日君がはっきりしないから悪いのよ」
その時、鮎川はふと何かに気がついたように僕を見つめた。
「春日君、彼女は私のこと知ってるんでしょうね」
「えっ、いや、そのー・・・」
「春日恭介君、君はどうしていつもそうなのかなぁ。時々私、どうしたらいいのかわからなくなるわ。そう言えば、あかねさんも超能力を使えるって言ってたわよね」
「うん、あかねのはかずやほど強力なやつじゃないんだ。まあ、迷惑なものにかわりないけどね。あかねのパワーは、相手に一種の幻覚を見せて、他の誰かだと思わせることができるんだ。ただ幸運にも、幻覚を見せられる相手は一人だけなんだ」
「ふ〜ん、ところであかねさん、まだ私のこと想ってるんじゃないでしょうね」
「えっ!なんで知ってたの?」
僕が驚くと、鮎川は少し笑いながら答えた。
「私の目は節穴じゃないのよ。あかねさんってどこかおかしなとこがあるじゃない。私の写真を部屋の天井にはってたりとか・・・別に騒ぎだてる事じゃなかったから、何も言わなかったけど・・・」
「う〜む。ちょっと嫉妬するけど、僕らにはうまくいってほしいってあかねのヤツは言ってたけどね、あかねのヤツは・・・」
「そお。じゃあ、まず最初に、私たちがお互いを識別できる方法を考えましょう」
「識別?」
「ええ、そうすればあかねさんが私たちのどちらかに化けて、もう一人をだますなんて事はできなくなるでしょう。あかねさんがそんなことをするとは思いたくないけど・・・」
そう言って鮎川は少しの間考えていた。
「そうだ!もしそんな状況になったら、他の人には答えられない質問をするって言うのはどお?あかねさんが私たち以外の誰かに化けてる場合はわからないけど、私たちのどちらかに化けてる場合は、これでお互いを識別できるでしょ。まずはこれから始めましょう」
「わかった。でも、あかねのヤツをとめるにはどうしたらいいかな?」
「そうね、まずはこれじゃない」
そう言って鮎川は、バスケットからおにぎりを取り出した。
「うん」

アパートの長い廊下、春日恭介はある扉をノックした。
すると扉が開き、中から木村さんが顔を出した。
「恭ちゃん、ここで何してるの?」
木村さんがささやいた。
「電話するよりも来たほうが早かったから。あとで学生会館で会えない?食事をして、そのあとでいっしょに勉強しよう」
「突然どうして?なんだかデートに誘われてるみたい」
恭介は頭の後ろを手で押さえるいつものポーズをしながら言った。
「そういうつもりで言ったんじゃ・・・でも確かにそんな感じだったね」
笑顔の恭介を木村さんが見つめる。
「もしそうなら、私とってもうれしいわ!」
「じゃあ、7時に学生会館で」
「うん!勉強が終わったら映画でも見に行きましょう!」
「わかった。じゃあ、もう行くから」
恭介はそう言うと、帰って行った。
そして彼が角を曲がったとたん、光とともに彼の姿はあかねになった。
(簡単すぎるくらいにうまくいったわ・・・さっそく次にとりかからなくっちゃ)
あかねはほくそ笑みながら、階段を降りていった。

僕の部屋、僕は布団にもたれて天井を見つめていた。
(くそ!あかねが何をするかがわかりさえすれば、アイツを止められるのに!)
僕がそんなことを考えていると、突然扉をノックする音がした。
僕は少しためらったが、思い切って扉を開けた。
「木村さん!」
「こんにちわ、恭ちゃん!」
「ああ、こんにちわ・・・」
「近くまで来たんで、ちょっと立ち寄ってみたの。今朝の勉強会ができなかったから、その代わりの勉強会の時間を決めとこうと思って」
「う、うん、いいけど」
「じゃあ、今晩7時、学生会館にしましょう」
「いいよ」
「ラッキー!じゃあ、今晩そこで!」
そう言うと、木村さんはさっさと帰って行った。
「・・・?」
(今晩だなんて、なんだか急だな。あかねがどこにいるかわからない状態で、木村さんには会うのは避けたいんだけどなぁ。う〜む、この事を鮎川にも知らせといたほうがいいかな)
僕はそう思って、受話器を取った。

そのころ鮎川は、自分の部屋のベッドに座り、ぼんやりと本を見ていた。
そんな時、電話が鳴った。
「もしもし?・・・あっ、春日君、何?・・・木村さんがそこへ?・・・勉強会?・・・う〜ん、その人は確かに木村さんだったの?・・・うん、あかねさんかもしれないでしょ・・・ええ、どうにかして確かめられないかしら・・・そうだ!木村さんに電話してみたら?もし今のが本当の木村さんなら、まだ家には帰っていないはずよ。じゃあ、わかったらすぐ電話してね」
そう言って彼女は電話を切り、立ち上がって窓辺に行くと、都心の高層ビル群を眺めた。
そして化粧台の前に座り、それにひじをついて写真たての恭介を見つめ、ため息を吐いた。

そう言って彼女は化粧台の引き出しを開け、一枚の写真を取り出した。
それはひかるちゃんの写真だった。
「ひかる・・・
その時電話が鳴り、鮎川はすばやく写真を引き出しにしまうと、受話器を取った。
「もしもし・・・結局あれはあかねさんだったのね・・・勉強会だけじゃなくて、デート?それもあかねさんの仕業ね・・・で、どうするつもり?木村さんとデートしたら」
そう言って鮎川は笑った。
「だって春日君が行かないと、あかねさんが春日君に入れ替わって、何をするかわからないわよ・・・心配しないで、私もすぐ近くで見てるから・・・がんばって、春日君!きっとうまく行くわ・・・うん、わかった」
「鮎川?」
「何?春日君」
「今晩何がおきても、鮎川には知っておいてほしいんだ・・・オレは・・・オレは鮎川のことを愛してっるて」
「春日君・・・私もよ」

学生会館の食堂、あかねは店内の観葉植物の影に隠れ、チラッとのぞいている。
「よし、もう来るころね。ショウタイムの始まりよ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべると、そっと椅子に座った。

教科書類であふれたテーブルでは、恭介と木村さんが寄り添うようにすわっている。
「・・・ねえ、これでいい?恭ちゃん」
「えっ、い、いや。今晩、ちょっと調子が悪いから」
すると木村さんは、そっと恭介の手の上に自分の手をかさねて言う。
「どうしたの、恭ちゃん?」
「そ、その〜・・・」
その時、恭介は背後から声をかけられる。
「これ、どういうつもり?」
振り返った恭介は凍りつく。
「あ、鮎川!?」
「十分に見せつけてもらったわよ、春日恭介君!あなたは高校時代に、何も学ばなかったの!女の子と遊んでばかりじゃだめでしょ !」
「で、でも・・・」
恭介の言葉をさえざるように、まどかちゃんが木村さんに言う。
「それからあなた、春日君から離れなさい!」
「それって・・・あなたたち二人は・・・」
「ちょっと来なさい!」
そう言ってまどかちゃんは、恭介の耳をひっばって連れていこうとする。
「あ、鮎川・・・!」

(・・・・・ってな感じになるはずだわ)
自分の構想に満足したように、あかねがうなずく。
「私がまどかちゃんを演じれば、恭介のヤツとまどかちゃんの関係は、少しも悪くならないわ。ああ、私みたいないとこをもつなんて、なんて幸せヤツでしょう!」
そして、観葉植物の狭間から、中庭のほうをのぞいた。
中庭には、いくつかのテーブルが置いてあり、それらのいくつかには、数人の学生たちがすわっていた。
するとしばらくして、中庭のはうから鮎川が歩いてきた。
(な、なんでまどかちゃんがここにいるわけ?彼女がいると、私の計画がメチャクチャだわ。なんとかしてまどかちゃんをここから連れ出さないと・・・)
あかねは僕の姿に化けると、そっと鮎川に近づいた。
「鮎川」
「春日君」
僕の姿をしたあかねは、鮎川の手をつかんで言った。
「こんなとこで会うなんて驚いたよ。ここで何してるの?」
(春日君がここだって言ったのに、変ね・・・)
「春日君こそ、ここで何してるの?」
「オレ?え〜と、ちょっと勉強をね。でも、鮎川がいるだなんて。ひょっとして、手伝ってくれるの?」
あかねは鮎川をそこから連れ出そうと、隣の店へ向かって歩き出した。
「ねえ、何か食べに行かない?」
すると今度は、鮎川があかねの手をつかんだ。
「ねえ春日君、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
「私たちが初めてキスしたのって、いつだった?」
「キス?え〜と、それは・・・」
「あなたには答えられないはずよ、あかねさん」
「・・・・・」
「もう幻影をといたら?あなただってわかってるのよ。春日君とはさっき話してたんだから」
するとあかねは、僕の姿から戻り、あたりを見まわした。
「もうあきらめたら?あかねさん。ここでは人が多すぎて、あなたには何もできないはずよ。とりあえず座りましょう」
鮎川はそう言うと、あかねを引っ張って食堂に入った。
そしてあかねを自分のすぐ横にすわらせて言った。
「あなたが春日君と木村さんにデートをさせて、何かをしようとしてたのは知ってるわ。で、何をしようとしてたの?」
あかねは観念したようだった。

一方、僕はテーブルにつくと、あたりを見まわした。
そして数学の本などをテ−ブルに置くと、持っている間、何度も時計に目を下ろした。
僕は少し早めに来た。
今の僕にわかっているのは、僕がデートする相手はおそらく本物の木村さんだということだけで、あかねがどこにいるのか、そして何をしようとしているかは、全然わからなかった。
また、たとえ鮎川がここで僕が木村さんに会うことを知っていても、僕はまるで、鮎川のことを裏切っているようなうしろめたさを感じていた。
僕が再び時計を見ると、その針は6時50分を指していた。
そして僅か、あたりを見まわそうとしたとき、だれかが僕の肩に手をのせた。
その手の持ち主は、半ズボンに大さめのTシャツを着た木村さんだった。
「こんぱんわ、恭ちやん!」
「・・・・・」
「先に何か食べる?それともすぐに勉強を始める?」
木村さんが本をテーブルに置きながら言った。
「え、え〜と、いつも勉強してるとおなかが減ってくるから、食事はもう少ししてからにしよう」
すると彼女は、いつもの笑顔で僕を見つめて言う。
「うん!私まだお腹空いてなかったの」
そう言うと彼女はノートを開き、数枚の紙を広げた。
そして、固まったままの僕を見ていった。
「ねえ、こっちに来たら?そうしたら、一緒にできるでしょ」
そう言ってすぐとなりの席を軽く叩いた。
僕は思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ん?どこか悪いの?恭ちゃん」
彼女は心配そうな顔をしたが、すぐにいつもの明るさに戻った。
「わかった、前にやったとき、少ししか進まなかったからでしょう」
「へ?ああ、うん」
僕は立ち上がってまわりを見まわしながら、彼女のとなりに座った。
「どこから始めればいいんだっけ?」
彼女はテ「ブルに広げられた紙を調べ始め、そのうちの一枚をシャ−プベンでつついた。
「ここからみたいね」
「うん・・・」
木村さんは少しテ−ブルに向かって傾くと、さっそく問題に取りかかった。
僕は心配ごとや木村さんから気をそらすために必死だった。
そしてそれはうまくいっていた、ある事に気がつくまでは・・・
テ−ブルに向かっている木村さんのTシャツの首筋のところが大きくたるみ、僕にはその中がおもいっきり見えていたわけで・・・
僕は再び、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そして必死に宿題に集中しようとしたが、そんなことは僕には不可能だったわけで・・・
(このままじゃ、あかねの思う壷だ。7時15分か、アイツまだ来ないのか」
「・・・どう?これでいいかしら?恭ちゃん」
「え〜と・・・悪いけど、オレ全部終わってないから」
「ごめんなさい。どこがわからないの?」
そう言って彼女は、自分が解いた紙に目を移した。
「ごめん、木村さん。君のせいじゃないよ。今日、オレ集中できなくて」
すると彼女は、そっと僕の手の上に自分のとをのせて言った。
「どうかしたの?恭ちやん」
その時、僕は思わずひかるちゃんの声を思い出した。
「どうしたんですか?ダーリン」
僕は立ち上がり、木村さんの手をはずした。
「ごめん、木村さん。でもこれ以上続けられないよ。こういうのってよくないよ」
「続ける?よくない?なんのこと?」
「この、僕たちの関係さ」
木村さんがなにか言おうとしたが、僕は話し続けた。
「木村さん、僕は君のことをいい子だと思うよ。とってもいい子だと。だからいい友達になれるよ。でも・・・」
そう言っているうちに、僕の決意はだんだん弱まってきたわけで・・・
その時、僕の背後から聞き慣れた声がした。
「つづけて、春日君。あなたのやっていることは決して悪いことじゃないわ」
僕と木村さんが振り向くと、そこには鮎川が立っていた。
そして、僕の決意は再び強固なものとなった。
「・・・でも、僕にはもう、好きな人がいるんだ」
そう言って僕は鮎川のほうを見た。
「僕は、鮎川まどかを愛してる・・・」
「知ってるわ」
「だから、君とは・・・?今、なんて言った?」
「私、あなたと鮎川さんのこと知ってたわよ」
木村さんはテ−ブルにひじをついて、笑顔で言った。
「・・・・・」
木村さんは鮎川と握手すると、僕が座っていた椅子を鮎川に差し出した。
僕はというと、わけが分からぬまま、呆然と立ちつくしていた。
そうこうしているところへ、遠巻きに聞いていたあかねがやって来た。
「ちょっと持って、知ってたってどういうこと?どう見たってコイツといちゃついてたように見えたけど?」
「だって、鮎川さんが彼のことを支えてあげてるのわかってたから」
そう言うって彼女は小さく息をはき、バックから一冊の恋愛小説を取り出した。
「こういうの読んでると、雰囲気でわかるのよね〜」
そして彼女は、夢見るような眼差しで鮎川を見た。
「この間、あなたたち二人が踊ってるのを見かけたの。すっごくお似合いだったわ。何だかあなたがうらやましいわ、鮎川さん。まあ、私がもっと早く気づけぱよかったのよね・・・」
そう言って彼女は、再び鮎川のほうを見て話し続ける。
「あなたに心配させてごめんなさい。でも、私は春日さんと友達でいたいし、できればあなたともお友だちになりたいわ」
「そ、そんな、あやまらないで、木村さん」
そう言って鮎川は、あかねのほうを意味ありげにチラリと見た。
「あっ、こんばんわ木村さん。私ちょっと用事があるから」
そう言うとあかねは、とっとと退散していった。
「春日君もあなたと友達になれたことを喜んでいたわ。わたしたちも是非仲よくなりましょう」
そう言って鮎川はやさしくほはえんだ。
「ええ!」

その後、僕らはクラブNoirへ行き、三人でテーブルを囲んだ。
そこで鮎川と木村さんは、僕が赤くなるようなことを言って楽しんでいたわけで.・・
特に鮎川は、木村さんとの会話をすごく楽しんでいて、こんなによく笑う鮎川を見るのは、ひかるちゃんとの関係がこじれて以来、久しぶりだった。
「せっかくだから乾杯しましょう !これからの友情のために」
陽気な鮎川がいうと、木村さんが続いた。
「ええ、三人はいつだって一緒ね!」
それを聞いて、僕と鮎川は思わず顔を見合わせた。
第3話 完

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