第3話 Take me out to the ball game

カキーン!
大歓声の中を金属バットの音が響き渡る。
大きな打球がダイアモンドを越え、外野へと転がっていく。
今日は大学野球の春季開幕戦で、僕と鮎川はうちの大学とライバル校との試合を見ていた。
僕にとって、鮎川といっしょの時間を過ごせるのは幸せだった。
だが唯一の問題は、僕らが見ているグランドでプレーしている男だった。
「二回の表、ワンアウト、ランナー一塁。バッターは平田。ピッチャー第1球、投げました。ランナー走った、<カキーン!>鋭い打球、林原飛びついた、捕った!二塁へ送る、アウト!見事なダブルプレー、林原のすばらしいプレーです」
ラジオの音が聞こえないほどの大歓声が湧き起こる。
「春日君、見た?ダブルプレーよ!」
そんな鮎川の黄色い声に、僕は苛立ちを隠せなかった。
「ああほんと、すごいプレーだよ・・・」
「春日君、もっと試合を楽しんだらどうなの?」
(こんな事だと分かってたら、来なかったのに・・・)

今日の朝、球場へと向かう道で僕は言った。
「ねえ鮎川、野球を見に行こうって、ほかに理由でもあるわけ?」
「どういう意味?」
「だって、この間、鮎川が林原とすっごく親しそうに踊ってたじゃない」
「やきもちなんて似合わないわよ・・・」
(そりゃあ、林原のほうが顔もいいし、金持ちだろうけど・・・でも、林原が試合に出られなければ・・・)
僕はそんなわずかな望みを抱いていた。

「四回の裏、慶応が3点のリード。ランナー二塁三塁、バッターは林原。ピッチャー第一球投げました。<カキーン!>打ったー!打球はレフト前へ!その間にランナーが二人帰ってくる。林原のツーベースヒットで、早世田が二点をかえしました」
周囲が歓声を上げる中、僕は頭を抱えた。
「もうイヤだ・・・」
うなだれている僕の顔の前に、僕の態度を苛立たしく思った鮎川が、お金を突き出した。
「春日君、試合を見る気がないなら、コーラでも買ってきて」
「う、うん・・・」

僕が離れた後も、鮎川は試合を見続けていた。
そこへ見慣れた顔が現れ、僕の座っていた座席をいじくり始めた。
「何をしてるの?」
鮎川の問いに、その男が答えた。
「しー!彼を元気付けようと思ってね。ちょっとしたジョークさ!」

スタンド裏の売店、僕はしばらくならんでやっとコーラを買った。
「ありがとうございました」
ぼくは店員からピーナッツとコーラを受け取った。
その時、背後から声をかけられた。
「春日恭介・・・」
振り返るとそこには、オールバックの髪に、小さいが抜け目のなさそうな目をした、背の高いやせた男が立っていた。
「え?あなたとお会いしたことありました?」
「ええ、すれちがっただけですが・・・」
僕は彼の顔をまじまじと見つめて言った。
「う〜ん、でもなんで僕の名前を知ってるんです?」
「私は君のとなり、4号室に住んでる者です。ちょうどあなたに気づいたので、声をかけずに入られませんでした。自分を紹介するいい機会だと思って」
「ああ、ど〜も、はじめまして」
「こちらこそよろしく。楽しんでるみたいだね」
「ええ・・・」
「それに君と一緒にいる娘も、楽しんでるみたいだね・・・」
彼は僕の反応を面白がるように言った。
「えっ、ええ、まあ。ところで、まだあなたの名前を聞いてないんですけど」
「名前ですか?・・・そうですねぇ、愛と正義の人、田中とでも名乗っておきましょう。それでは、またお会いしましょう」
僕は去って行く田中さんを見ながら思った。
(何でいつも変な人とばかり出会うんだろう・・・?)

僕はスタンドに戻ると、買ってきたコーラを鮎川にわたし、グランドに目をやった。
(アイツ、まだ三振しないのか?)
すると鮎川が声をかけてきた。
「春日君って、からかわれやすいよね?」
「そんな事ないよ」
そう言って僕が座席に座ったその時、
Boo!
座席の下から変な音が・・・
それを聞いた周りの人たちは一瞬静まりかえった。
そして次の瞬間、いっせいに大笑いし始めた。
鮎川までこらえきれずに肩を震わせている。
僕は真っ赤になり、立ち上がって座席の下を調べた。
「な、何だこれ?」
僕がそこからひっぱりだしたのは、赤いブーブークッションだった。
そして振り返ると、そこには見慣れた顔があった。
「笠松!」
「よお!春日」
「オレを怒らせる以外に、何かすることはないのか?」
「そうだなあ、あっちに座ってる宮里さんをからかえるけど、それはちょっと気が引けるからね」
「・・・・・」
僕は気を取り直して、試合に集中した。

「慶応一点のリードでむかえた八回の裏、ランナー二塁一塁で、迎えるバッターは林原。早世田、逆転のチャンスです。ピッチャー振りかぶって、第一球投げました、<カキーン!>打ったー!これは大きい!韓国まで飛んで行きそうなあたり!この打球をとるにはビザが必要になりそうです。大きなホームラン!レフトの頭上には、飛行機曇以外見当たりませんこれで早世田、二点のリードを奪いました。ここで慶応の山下監督が動きます。ピッチャーの梶山を、林原の一打がマウンドから引きずりおろしたようです。」
(何てことだ!アイツ打ちまくってるじゃないか。それにこの試合、思ってた以上に長引いてるな。このままじゃ、勉強会に遅れちゃうよ)
そう思いながら、僕は時計を見た。
「どうしたの?さっきからソワソワして。何か用事でもあるの?」
そんな鮎川に対して、僕は頭の後ろを手で押さえるいつものポーズをしながら答えた。
「勉強会の約束をしてたんだけど、それがもうすぐ始まっちゃうんだ」
「そんな事なら行ってもいいわよ。春日君はここにいるより、そっちのほうが楽しいでしょうから」
(また鮎川を怒らせちゃったな・・・)
僕はそう思いながら、その場を後にした。

スタンド裏、売店が立ち並ぶ中を、僕は出口を探して走っていた。
「このままじゃ、間に合わない!パワーを使うか・・・」
僕は球場の階段をフロアーに向かって駆け降りていた。
「ここじゃ、人がいてパワーを使えないじゃないか・・・」
僕は球場の中を走りつづけ、やっとのことで人がいない場所を見つけた。
「あそこなら大丈夫だ!」
僕は奥まった小部屋に入ると、一気に集中しテレポートした。
すると、僕がいなくなったそこへ、人影が入ってきた。
「春日さん?・・・あれ?確かここに入ったはずなのに・・・」
そんな事を知らない僕は、アパートの裏に出ると、アパートに駆け込み、靴を脱いで二階へと駆け上がった。

勝さんの部屋、そこにはコーヒーらしきものが入った容器があり、勝さんがその容器のバルブを開くと、コーヒーらしきものがビーカーへと滴り落ちる。そして四分の三ほどまで入れると、勝さんはそれを斎藤さんへとわたした。
「どーぞ、ブラックでいいの?」
「ええ。春日さんが球場に行ってるのなら、遅れてくるんだろうね。彼ぬきで始めようか?」
それを聞いた木村さんが、思いっきり首を横に振った。
「ダメ、ダメ、ダメ!恭介君ならきっと来るわ!」
「そうだね・・・もう少し待ってみよう・・・」
勝さんが笑顔で言った。
その時、扉をノックする音がして、勝さんが立ち上がり、扉を開けた。
「春日さん!」
「どーも・・・遅れてごめん!」
「恭介君!」
「えっ、ああ、どーも・・・」
僕は木村さんの声に、ちょっと戸惑った。
そしてそれを見た勝さんが僕にささやいた。
「恭ちゃん、とは呼ばなくなったね」
「さあ、みんなそろったことだし、始める前に、みんなに見せたいものがあるんだ」
そう言って斎藤さんが、バックからノートパソコンを取り出した。
「わ〜、かわいい!!」
木村さんがひとみを輝かせる。
「すごいね、それどうしたの?」
「親から入学祝にもらったんだ。最初の五章をグラフィックデータに入れておいたから、この勉強会の役に立てると思うよ」
「このプログラムどうしたの?僕もパソコンを少しくらいは知ってるけど、こんなの見たことないよ」
画面を見た勝さんが言った。
「自分で作ったんだ、暇な時間に」

夕方になり、勝さんの部屋の畳の上には紙類が散乱していた。
小さなテーブルを四人で使うのは無理だったので、せまい部屋に適当に置かれているクッションに、四人がちょっとおかしな格好で、ひじをついて体をのばしていた。
「・・・二番目の関数から速度の式が導き出され、時間による位置の変化が求められる。そしてその式を積分すると、その時点における速度の変化が求められる。いいかい?」
そう言って斎藤さんが顔を上げ、ほかのメンバーを見回した。
「うん!」
「え〜と、僕は・・・」
すぐにうなずいた木村さんと違い、僕はうなずきかねていた。
その時、ドアをノックする音がした。
「あれ、誰か呼んであるの?」
僕が勝さんに聞いた。
「いや」
そう言って彼は立ち上がり、扉を開いた。
そこには、長い髪を三つあみにした、背の高い細身の、二十代後半と見える若い女性が立っていた。
彼女はエプロンをしており、彼女の持つお盆には、ケーキがのせられていた。
「藤本さん!」
「こんばんわ、勝さん!英治が甘いもの好きじゃないんで、もしよかったら、勉強の息抜きにどうかと思って!」
「ありがとうございます」
そう言うと、勝さんは僕らに彼女を紹介した。
「こちらは藤本まりこさん!一階の3号室に住んでるんだ。藤本さん、こちらは斎藤健一、木村けいこ、そして5号室の春日恭介」
「ああ、あなたが新しく来た・・・よろしくね!」
「ああ、はい」
ケーキを受け取った勝さんが言う。
「わざわざありがとうございます」
「いいのよ!あなたたちのような学生さんに会うのは、とても楽しいから。ところで、今度このアパートの入居者で親睦会をしようと思うんだけど、もしよかったら、あなたたちみんなを招待するわ!」
「やったー!パーティーね!」
木村さんが真っ先にはしゃいだ。

だいぶ夜もふけ、僕と斎藤さん教科書なんかをかたずけていた。
一方木村さんは、完全に熟睡状態で、勝さんの部屋の片隅で丸くなっていた。
「ふわぁ〜、今日はいろいろあったね、来週もここで?」
斎藤さんがねむそうに言う。
「そうだね。君もパーティーには来るんだろ?」
「もちろん。さて、彼女を起こして、家まで送って行くか」
そう言って彼は木村さんを起こそうとしたが、彼女はわずかに動いただけで、まったく起きる気配が無い。
「このまま寝さしてあげよう。明日の朝、僕が送ってくよ」
勝さんが言った。
「いいのかい?」
「大丈夫だよ、彼女なら心配ない」
「じゃあ何かあったら、壁を思いっきりたたいてくれればいいよ」
僕が勝さんに言った。
「ああ」

僕と斎藤さんが去った勝さんの部屋。
勝さんは明かりを消すと、開いた窓から入ってくる月明かりと夜の空気の中に、しばらくの間たたずんでいた。
そして木村さんにやさしく毛布をかけた。
「おやすみ、けいこさん・・・」

翌日、文学の授業も終わりが近づき、僕はノートを閉じた。
「・・・文学史における恋愛小説についての小論文を宿題にします。だから、その参考にする本は各自用意してください。それでは解散!」

僕は教室を出ると、さっそく図書館へと入った。
一応小説文学のコーナーに来ては見たが、僕の心は宿題ではなく、別のことへと向いていた。
「・・・なんでアイツはプロへ行かなかったんだ?プロに行ってりゃあ、ここに来ることもなければ、鮎川がアイツに会うこともなかったんだ・・・」
僕がボソボソつぶやいていたその時、背後から声をかけられた。
「それはたぶん、彼が高校のときはそれほどたいしたバッターじゃなかったからさ」
「斎藤さん・・・ここで何してるの?」
「きっと君と同じだよ。ところで、昨日の試合はすごかったんだってね?君は今、林原さんのことを言ってたんだろ?」
「立ち聞きしてたのか!・・・でも、アイツがたいしたバッターじゃなかったってどういう意味?君は高校時代の彼と知り合いだったの?」
「いや、でも彼については知ってたよ。僕の高校は甲子園の代表にもなったんだ。僕自信は野球は下手だったけど、それでも、対戦相手の秋川高校についてのスポーツ誌の記事を忘れずに読んでた。それにはキャプテンの林原はすばらしい野手ではあるが、打者としてはいまいちだと書かれていた。実際、彼の高校時代の打率は2割7分1厘程度なんだ」
「それで試合はどうだったの?」
「彼は四打数四安打、7打点を挙げ、一人で僕の高校を破ったんだ」
「で、今はここでそれとおんなじ事をやってるってわけか・・・」
「彼は多分、大器晩成型ってやつだろうね。ところで、僕は君に別なことを言いたかったんだ」
「何?」
「君はど〜も、女の子を思い通りにできるようだね。だから・・・」
「まっ、待ってよ。それってどういう意味?」
「木村さんの君に対する態度、それに君は鮎川さんともいい感じみたいだし・・・僕は君と秘密を共有してるんだよ!」
「う〜ん、僕は本当に女の子のことはよくわかんないし、もちろん、何度もドジしてきたし、それから何かをわかろうとしてみたけど・・・」
「僕は本当に女の子のことを知りたいんだ!僕はこの年になっても、キスさえしたことが無いんだ」
それに対し、僕は少し腹立たしさを感じながら言った。
「何で笠松さんに聞かないの?彼はいろんな事を知ってるんじゃないの?」
「この間のこと、まだ起こってるの?笠松は僕にとってはいい友達さ。でも、彼はそう言うことについて、何にも知らないさ」
「う〜ん・・・」
「君はまず、女の子にどんな風に声をかけるんだい?女の子の気を引くには、どんな言葉をかければいいの?」
そう言われ、僕は数年前のある出来事を思い出した・・・・・
>「中学(いま)からたばこなんかすってると、丈夫な赤ちゃん産めなくなるぜっ!!」
>次の瞬間<バシッ!!>僕は思いっきりひっぱたかれていたわけで・・・・・
(・・・なんて言ったらいいんだ・・・)
「ところで、君は何を探してたの?」
「文学の宿題が出ててね、参考にする恋愛小説が必要なんだ」
「へ?女の子をつりに来てたんじゃなかったの?」
「とんでもない誤解だよ!大体、僕と木村さんはただの友達なんだから!」
「だって彼女、あそこに座ってるんだけど」
そう言って斎藤さんは、机の一つを指差した。
「・・・・・」
その机には恋愛小説が積まれており、それに埋もれるようにして座っているのは木村さんだった。
「こんな時、どうしたらいいの?」
斎藤さんが言った。
「とにかく自分から話しかけるんだよ!」
そう言って僕は、彼を前へ押しやった。
斎藤さんはゆっくりと近づき、木村さんの肩を軽くたたいた。
「や、やあ・・・こんにちわ、木村さん!」
すると木村さんは本から顔を上げた。
「あーっ!恭介君!」
そう言って彼女は、斎藤さんを通り越して僕にかけ寄り、僕の腕をしっかりとつかんだ。
「・・・・・」
斎藤さんは呆然としている。
「や、やあ・・・木村さん」
僕らは部屋中の視線を浴び、僕は戸惑った。
そのことに木村さんも気付き、少し赤くなって僕を放した。
「ごめんなさい・・・でも、うれしくて!だって・・・昨日の夜以来、一度も会えなかったんだもん」
「勝さんはちゃんと送ってくれた?」
「うん!」
彼女はうなずくと、机の本に向けられている僕の視線に気付いた。
「何か探してるの?」
彼女の問に、僕は頭の後ろを押さえるいつものポーズをしながら言った。
「宿題のために恋愛小説が数冊ほしいんだけど、でもこれは君が使ってるみたいだし・・・」
「これなら全部読んじゃったから、恭介君が使ってもいいわよ!」
そう言って彼女は、18冊以上はあろうかという本の山に手をのばした。
それらの本のタイトルには「私の愛を忘れないで」だとか「愛、覚えてますか」とか「はなれた心」などといった文字が躍っていた。
「き、木村さん、これ全部読んだの?」
すると彼女は、夢見るような瞳で言った。
「愛ってすてきよね・・・そう思わない?恭ちゃん」
「ああ、そうだね・・・」
僕は彼女が差し出した本から、4冊だけ受け取った。
「ありがとう、それじゃ、これ借りてくよ」
そう言って僕が向きを変えたとたん、僕の顔色が変わった。
そこには僕のほうをうらやましそうに見つめる斎藤さんの姿が・・・
「なんで君ばかりもてるわけ?」
「・・・・・」
そのとき、僕はそんな木村さんとのやり取りを、鮎川に見られていたなんて、夢にも思わなかった。
「やきもちなんて似合わないわよ・・・か・・・」
鮎川はそっとつぶやくと、その場を立ち去った。

日が沈もうとしている夕暮れ時、鮎川は自分の部屋へ入り、テーブルに本を置くと、電話をとってダイアルを回した。
そのころ僕は自分の部屋で、借りてきた本に目を通しながら、インデックスカードにメモっていた。
そのとき電話が鳴った。
「もしもし?」
「春日君・・・」
「鮎川!」
「居てくれてよかった。私、昨日球場で言ったことをずっと気にしてたんだけど、春日君、明日なにか用事でもある?」
「え〜と、ないけど・・・」
「それじゃ、ピクニックにでも行かない?二人だけで!」
「え!もちろん!」
「じゃあ、明日の朝8時に、春日君のとこで会いましょう」
「わかった!それから、鮎川・・・昨日はごめん、オレ・・・」
「あっ!じゃあ明日ね・・・」
そう言って鮎川は電話を切った。

「鮎川ちゃん!」
「はい・・・」
池本さんの声に、鮎川は静かに答えた。
「私、仕事で数日留守にしなくちゃいけなくなったの。だからお留守番お願いね」
(やったー!しばらくはこの人から解放されるわ・・・)
「いつごろ帰られるんですか?」
「次の金曜日よ、あなたもどこかに行くの?鮎川ちゃん」
「ええ、友達とピクニックに・・・」
「それは楽しみね」
「・・・・・」

翌朝、すがすがしい風が木々の間を吹き抜けてくる。
僕がピクニックの準備をしていると、扉をノックする音がした。
(きっと鮎川だな)
そう思いながら僕は扉を開けた。
次の瞬間、僕は驚きのあまり、あごがはずれた。
そこには明るいの笑顔を浮かべた娘が立っていた。
「ひ、ひ、ひかるちゃん!」
「ダーリン!」
そう言ってひかるちゃんは僕に抱きついてきて、よろめいて倒れた僕の上にそのまま乗っかってきた。
「ダーリン、私、とってもさみしかったんだから!」
そう言って僕にキスしようとした。
僕は一瞬固まり、慌ててそれを拒んだ。
「だめ!」
僕はひかるちゃんを引き離すと、罠にかかった動物のように部屋の隅へ逃げた。
「ひ、ひかるちゃん、な、なんで・・・?」
「ダーリン、恥ずかしがらないで!」
そう言って彼女は僕のほうへ近づいてくる。
「こんなことだめだよ、ひかるちゃん。僕らは別れたんだし」
するとひかるちゃんは首を横に振り、微笑んだ。
「私たちの愛は永遠よ!ダーリンはいつだって私のダーリンなんですもの!」
「待って!ひかるちゃん、僕は鮎川のことを愛してるって言ったじゃないか、それに鮎川も僕のことを・・・だからごめん、ひかるちゃん、僕は君に何もしてやれないんだ!」
そう言って僕はじっと彼女を見つめた。
それでも彼女は微笑みつづけている。
「ふ〜ん、それなら無駄足じゃなかったみたいね」
そう言うひかるちゃんの声が変わっていくような気がする。
「恭介、もしあんたがそう言わなかったら、私はあんたのことを絶対信じなかったでしょうね」
僕はなんだかわけが分からなくなってきた。
「あんたってうちの家系のなかでも際立って優柔不断なんだから。でも・・・」
「うちの家系?何を言ってるんだよ、ひかるちゃ・・・・・あかね!」
目の前のひかるちゃんが、ほのかな光とともになじみのある顔に変わった。
「やあ、恭介!久しぶり!」
僕はため息とともに、後ろの壁にペタリと崩れ落ちた。
第3話 完

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